チャネリング初体験 ✩3

2013年11月2日、初めてのチャネリング・セミナーを

体験しました。その続きです。

 

その日はチャネラーのエリザベス・ニコルソンさんにと

って初めての試みがなされる日でありました。

 

 

 

 

 

普通は個人的になされるチャネリングなのですが、他の人のメッセージを聞く事も勉強に

なると言う意味で、7名の人が集まり、チャネリングをされることになったのです。

 

私はチャネリングについては学んだ事はありませんが、エネルギーワークに携わるうち、

チャクラ体やオーラ体、音叉からのメッセージをクライアントさんにお伝えする事はよくあ

るので、未経験者ではありません。しかし自分が自分のマスターからメッセージを受取る

と言う事は生まれて初めての経験です。

 

初めに来てくれたのがイエスさま、次は前日に亡くなった叔父でした。叔父からは私への

メッセージというより、叔父の状況の報告と言う感じでした。

 

そして次に来てくれたのがレディ・ナダでした。このマスターもオーラソーマでお馴染みで

すので、違和感は全くありませんでした。オーラソーマのボトルはピンク/ピンク、ちょうど

キリストのボトルをシェイクした時の色になるなぁ、と漠然と考えていたのですが、後でネッ

ト検索したところ、、、

キリストエネルギー、 キリスト意識について理解をもたらします。不安な心を落ち着かせ

ます。直観力と集中力を高めます、

 

と記載されていて、イエスの配偶者のエネルギーであるとか、、、正直、驚きました。

 

レディ・ナダのメッセージは私の意識の深いところに大事に置いてある魂に関わる真実、

その意味についてで、この経験を私は誰にも語ったことはありませんでした。

言葉で表現できない、と言うのが正直な思いです。

その事をレディ・ナダは言葉にして伝えることによって、私の魂の核に大きな豊かなエネ

ルギーを贈ってくれたように感じています。

3次元の状況は全く変わっていませんが、魂とハートは受け取る前に比べて驚く程満ち

ているなと、私のこの次元の感覚が理解しています。

 

私の魂が求めて止まないものを的確に知らされて、私の魂は大いなる喜びに満たされま

した。それと共に、自分の本来の使命についても考えさせられたのです。

 

 

レディ・ナダは私の喉のチャクラが大きくに開いて

いると伝えてくれました。そして今はハートのチャ

クラを開こう開こうとしているとも。

 

ハートについては全くその通りなのですが、喉の

チャクラが大きく開いているという実感は今のとこ

ろありません。どちらかと言うと喘息と甲状腺の病

気があり、喉のチャクラは活性化していないように

感じていたのです。

 

 

けれどもよくよく考察してみると、喉のチャクラが司る、自身の真実を知り、語ると

言う事に対して恐れを持っていないと分かりました。

ありのままの感情や思いを周囲に対して曝出すとか、声高に願望、希求するもの

を叫ぶのではありません。

真実を語り、表現する勇気はあるように思えています。

 

が、ハートの方はどうかと言うと、たくさんの押し殺した思いの塊が詰まっていると

分かるのです。多分今世だけでなく、前世の持ち越し分もあろうかと思います。

 

私は涙を流せない、上手く泣けないところがあるのですが、長らく現実面、物質面

の達成に重点を置いて生きてきたため、自身の感情については棚上げ状態になっ

ており、その状態が長過ぎて、棚の上のものも変質してしまって、元の状態が不

明になっているもの、化石のように固くなったものも多々あるのです。

 

それらを一つずつ下ろして、包みを解いて中身を確認し、捨てるべきは捨て、保管

するべきは保管すると言う作業を瞑想によって地道に続けています。

ただこの荷物があんまり多過ぎて今世では終了できないかも知れないと思い始め

ていた私にレディ・ナダのメッセージが希望をもたらせしてくれました。

それは「真実を語る」事によってハートのチャクラを大きく広げる事が可能ではない

かと言う希望です。

この月より始まる新たな学びできっとその答えが見つかることでしょう。

 

私が未だに語ることを恐れているのは、何と高次のマスターや守護のスピリット

の事、またそのメッセージなのです。学ぶ事でこの恐れを手放すことが今世の

使命ではないかと思い当たった時、次なるステージがおもむろに見えてきまし

た。まだ少しコワクはありますが、以前のような激しい拒否の反応はありません

し、拒絶したい思いも見当たりません。

けれどハードなタスクであるなと言う思いに変わりはなく、今は「その時」に備え

、ハートのお掃除、ハートのブロックの「断捨離」をしているところです。

 

2013,12,1記