瞑想について

瞑想について思う事をお伝えしたいと思います。

私が瞑想を初めて体験したのは1992年、秋の事。タラソテラピーの施設で、
メニューの中にあり、インストラクターに誘導されて行いました。 部屋にはデッキチェアが10数個程用意されていて、いつも満席でした。 姿勢は仰向けに寝ても良いし、胡坐でも、足を地面に着けて座っても良いとされ
ていましたが、私はデッキチェアをリクライニングにして、ユッタリ背をもたれ
かけて瞑想するのが好みでした。 部屋には海水のミストのミネラルタップリの良い香で満たされていて、ヒーリン
グミュージックが低く流れていました。 開始と共に軽く目を閉じるように指示があります。 その次には深呼吸、そして足の指先から順番に全身の力を抜くように誘導されま
す。すると全身がリラックスし、脳波がα波になった事が分かりました。 「瞑想って、スゴイ!」 正直にそう思いました。このメニューはお気に入りとなり、以後訪れる度にコー
スに組入れて貰いました。 しかしある時、いつものインストラクターさんが不在で、代わりの方が誘導した
事がありました。 その日は脳波がα波なりませんでした。 「不思議だなぁ、なぜだろう?」 同じ言葉で誘導していて、その人が特に下手と言う訳では無いのにと疑問に思っ
た事を今も覚えています。 その後、しばらくして婦人科の手術をしたのですが、スッカリ体力が弱くなって、
タラソテラピーの施設にいけなくなり、自然と瞑想から遠ざかりました。 そんな私が瞑想と再び出会ったのは、2003年秋、過去世の誘導瞑想を受けた
時でした。 その時のインストラクターさんもやはり目を閉じるように指示されました。
その後足の指先から力を抜いて行くプロセスも以前受けたのと全く同じでした。 「あ、あの時と同じだ」 誘導されて瞑想状態となり、しばらくすると全身から力が抜け、脳波がα波にな
り、過去世への旅が始まりました。 目を閉じていると次から次へとビジョンが見えますが、α波なので眠っているの
ではなく、ユッタリ寛いでいる状態です。それなのに明確な感覚を覚えた時は驚
きました。その感覚のなかに意識を入れると更に多くの明確なビジョンが意識の
中に溢れました。 初回のセッションで2つの過去世と中間世に行きました。あっと言う間に2時間
半が過ぎ、今生に戻って来たのですが、スッカリ過去世瞑想の虜になっておりま した。 そしてその後2度、過去世の瞑想を受けましたが、次のセッションから突拍子も
ないビジョンを見始めたのです。その全てをここに書き連ねるのは不可能なので 書きませんが、あまり気持ちの良い世界には行きませんでした。異次元を旅した
事もありました。
その時には 「その次元を越えて、更に上方に行って下さい」 と言うインストラクターさんの指示が出ても、どうしても、そこに囚われて行
けども行けども抜け出せそうにないと言う感覚が襲ってきました。 パニックにはなりませんでしたが、どうもこれはおかしい、と感じたので、イ
ンストラクターさんに 「どうしてもこの次元から出られません、現世に戻る 方が良さそうです」 とお伝えし、戻して頂きました。それも急激に戻るとキケンなので、フラワー
エッセンスの力を借りて、徐々に徐々に戻って来たのです。 現世に戻った時の私の表情は青ざめて目が吊り上っていたとのことでした。
更にフラワーエッセンスを入れた冷たい飲み物を飲み、オーラの周囲にも噴霧
して、やっと普段の表情に戻れたのでした。 このインストラクターさんは知識、経験の大変深い方で、いろいろな抽斗を持っ
ておられるので無事に現世に戻せたのだと思います。 もし経験の浅い、未熟なインストラクターだったら、一体どうなっていただろう
と思いました。 ともすると瞑想の危険性はインストラクターさんの技能に因ると考えてしまいま
すが、実は私にはそうは思えないのです。 過去世に誘導されていながら、異次元に行ってしまったり、古代の文明に行って
しまったりと言うのはなぜだろうか? 「私の側に問題がある」 と言うのがインストラクターさんの見解でした。 私の深層に強いトラウマがあると思うので、これ以上過去世瞑想を続けるのは止
めて、他のセッションに変更しましょうと提案されました。 それはそれで良かったのですが、なぜこうなるのかを解明したかった私は他のセ
ッションに移行しませんでした。 以後は今まで経験して覚えた唯一の方法で瞑想をしていました。しかし誘導され
ないと、途中で集中力が切れてしまい、なかなか瞑想の状を保つことができなか
ったのです。 そしてその3年後、オーラソーマのセッションを受けた時、久し振りに誘導瞑想
をしました。 その時はオーラソーマインストラクターのヒロミさんと一緒に私の過去世のビジ
ョンを見る事が出来ました。 過去世に行こうと思った訳では無かったのに、どう言う訳か二人が同時に私の過
去世のビジョンを見たのでした。 そして更に驚くことに、ヒロミさんも同じ過去世を持っていたのです。この過去
世を持つ人は世界広しと言えど24~5名しかいません。 お互いビックリしました。 そしてヒロミさんの提案で、後で瞑想を続行するため、瞑想状態を維持したまま、
この事を話し合いましょう、と言うことになったのです。 お茶を飲みながら20分ほどお話し、それ以後また瞑想に戻った時、なぜかもう
目を瞑りませんでした。

そのセッション以後、自分一人で瞑想する時は目を閉じるのを止めていました。
これは意識的にしていたのではなく、無意識の内に変化していたのです。 目を開けたままと言っても、カッと見開いている訳ではありません。半眼になっ
て思索している状態、画像の広隆寺の弥勒菩薩像が一番近いイメージでしょう。 けれど私の場合はこんなにステキではなく、俯き加減でボンヤリしている、そん
な感じですが(~_~;) それからは今生に関わりない過去世や異次元、異文明に移行する事もなくなりま
した。目を半眼に開けている事で意識が今ココの次元と空間にしっかり留まるよ うになったのだと思います。 意図した過去世では無く、異次元やパラレルワールドに移行する私の状態をグラ
ウンディング力が弱いと言うように評価されたりしましたが、自分は瞑想中の出 来事はグラウンディングには関係ないように感じて、模索を続けておりました。 ある時、目を完全に閉ざす事によって、自分が自分であると言う意識が外部から
のエネルギーで覆われ、どこか片隅に押しやられ、外部のエネルギーがその隙間 に入り、影響を受け入れ易くしていたのではないかと気付いたのです。 そしてその瞬間から瞑想に対するスタンスが激変しました。 それまでは私にとって大変な集中力を必要とするプロセスを経て、初めて意識を
思考の上に上げていたのを止めたのです。この思考の上に意識を出すための集中 はともすれば途切れてしまい、瞑想を続ける事が不可能になったことが何度もあ
りました。 半眼になり、思考を鎮めると何の苦も無く意識が上昇し、脳波もα波に移行でき
ました。そして必要ある時はシータ波にまで下がりました。 けれど意識は思考や感情、感覚と共に常に今ココにあって、次々と浮かんでくる
何かを制約も判断も加えす、ただ緩やかに観る、観察する、感じるだけになって
いたのでした。 そして感じたものがなんであっても、それにに拘らず、留まらず、流れのままに
自由自在に意識を遊ばせ、その軌跡を観ることでブロックが緩やかに解き放たれ
る様子を感じた時、そこには全てを生み出すけれど、何も存在しない無の空間、
空音があったのです。                    by yolly