音叉との出会い

私と音叉、《ヒーリング・チューナーとの出会い》は、

2006年5月末のある早朝、我が家の前の公園から騒音
が聞こえてきました。どうやらケンカをしている様子です。 「うるさいなぁ、ウザッたい(怒)」と思いつつ、一体ど
んな人物なのか、興味もあって、カーテンの隙間から覗い
てみました。この頃の公園は樹木が生い茂っていて、肝心
の人物が見えません。 諦めてまた寝ようと思った時、変な事に気付きました。 その変な事、とは、、、遠くに立っているビルの数が増えている事でした。 昨日まではあんなになかったはずなのに急に増えた、これは大変だ! 宇宙侵略かしら?などとたわいもない事を考えていたのですが、よくよく見ると
、同じビルが2棟ずつ建っていると分かりました。 変だ、オカシイ、世の中狂ったのか?と慌てましたが、次の瞬間、自分の目が物
を2重に見ていると気付きました。しかし視線を部屋に戻すと一つなのです。 これが私に起こった「複視」の始まりでした。 その日はブティックの上得意さまの入院お見舞いでお花を贈るはずでしたので、
いつも依頼している花屋さんに朝一番で出かけました。 出かける時、遠くは2重に見えたのですが、近く60メートルほどは一つに見え
ていたので運転の安全性は守られていました。 そしてその後眼科を受診しましたが、先生からは目の使い過ぎやストレスで目を
動かす神経が麻痺し、こう言う症状になる事もある、視力とは関係ないので、3
日間程、薄暗い所で神経を休息させて様子を見るようにと診断されました。 しかし翌日、翌々日と日を追って2重に見える範囲が広がり、とうとう1メート
ル先は全部2重に見えてしまいました。 「これはもうなにかある、重大な病気に違いない」と思ったので、自宅近くの某
有名総合病院に行きました。ここでは甲状腺科の受診で年に4回は行き、殆どの
病気はこの病院で治療しますので、私の全データが揃うのです。 まず眼科で2時間かけてあらゆる検査を受けた後、目には異常がないと分かった
ので、神経内科に回されました。神経内科ではすぐMRIを撮るように言われま
したが、閉所恐怖症の私はおおいにビビりました。 しかし脳腫瘍や脳梗塞だったらと思うと、そっちの恐怖が勝って、MRIも何と
かこなしました。 結果は脳、脳内血管、頚椎にも異常がなく、そうなるともっと怖い他の神経系の
病気を考慮しなくてはいけないと言われ、緊急入院となったのです。 正直、驚きました。 この先もずっとこのままだったら、今後私は一体どうなっちゃうんだろう、と言
う不安が大きく膨らみました。 主治医の説明では「目を動かす神経の麻痺で神経が脱随を起こして、ショートい
るのだとか、、、、。 原因となる病気の特定と同時に脱随の治療を点滴で行うというものでした。しか
しこれで速攻的に複視が治るのではなく、神経麻痺回復を促進する目的だから、
治療後3ヶ月経った時の神経の状態がそのまま一生続き、それ以上は回復しませ
ん、と言うものでした。 そして2週間の治療を終えてもまだ複視は一向に回復していませんでした。 その後自宅療養1ヶ月半程過ごしていた時、私の弱点であるヘルペスを下腹部に
発症してしまいました。しかし案じた程重傷ではなく、1週間程で回復の過程に
進みました。その回復途上、3日ほどで順々に複視もほぼ完全に近い状態まで治
ってしまったのです。 これにはビックリ! そしてその2日後が退院後2度目の受診日でした。1ヶ月振りにお会いした主治
医も治りが早いと喜こんでくださいました。 実はこの受診日にも不思議な出来事が起きたのですが、それはまた別の機会にす
るとしましょう(笑) さて複視は治ったものの、薬の影響で血圧が高いまま退院しており、一向に下が
ってくれなくて、夏の暑さと相まって体調の回復は遅々としていました。 そんな時、久々にオーラソーマのセッションを受けたくなり、インストラクター
さんに連絡したら、何とそのインストラクターさんはオーラソーマの資格の最終
段階をイギリスのグラストンベリーで取得され、帰国したばかりだったのです。 「グラストンベリーから2日前に戻ったばかりですので、パワーアップしていま
すよ!」との事に、私の期待も大でした。 そしてそのセッションで起きたことは「瞑想について」に期していますので、是
非ご一読くださいませ。 そのセッションの中で音叉(チューナー)とクリスタルを使って自分のオーラを
清めると言う事をしました。クリスタルチューナーと言う音叉でクリスタルを弾
いて鳴らし、自分自身や物、場のエネルギーを清める、これが私と音叉(ヒーリ
ング・チューナー)との出会いの瞬間でした。      
この日、音叉とクリスタルの振動が魂と細胞に届いた事をまさに
実感したのです。チューナーで音を聴き、クリスタルの波動を手
の平に受けていると、夏の暑さでフツフツと吹き上がる温泉のよ
うな感じだった血管が静かになり、気分も涼しくなった、そんな
感覚が起きました。 でもこの時点ではまだ自分がヒーリング・チューナーのセラピストになろう
とは予想もしていませんでした。 しかし出会いの縁は次から次への絶え間ない波のように寄せてきて、8ヶ月後、
とうとう私をソルフェジオ・カラーチューナー・ヒーリングに導いたのでした。 が、セラピストへの道は平坦ではなく、ワークショップの機会を何度も見送りま
した。お誘いした友人が先にドンドン進まれるのに、私は未だ足踏み状態、一歩
も進めないと言う情けない日々が更に8ヶ月以上も続いたのです。 その間、同じカラーと言う事もあり、ご縁があってセンセーションカラーセラピ
ーのセラピストとティーチャー資格を先に取得しました。 が、このセンセーションカラーセラピーを先に学んだ事は天の配剤と言いたいよ
うな、その後の私に大いにプラスに働いたのです。 この学びがなかったら、また後だったら、多分、音叉(チューナー)ヒーリング
の道を進むに於いて、余分な苦労をしていたと思いますし、セッションからの学
びも幅の狭いものになったことでしょう。 その後ソルフェジオ・カラーチューナー・ヒーリングを学びましたが、実際にセ
ラピストとしてスタートしてからも、苦労することも躓くこともなく、滑らかに
順調にセラピストの道を歩んで現在に至っております。 こう言う重要なポイントとなる出会いは絶妙でベストのタイミングで起きると知
識で知っていたのですが、更に確信できました。 私たちが生きていく時、その進化の速度も届く情報量も周囲の人たちと同じとは
いかないものです。各々個性とエネルギーのサイクルを持っているのですから、
他者と比較できるものではないし、比較すること自体がナンセンス、間違ってい
る、焦らなくて大丈夫と再確認できました。 チューナー(音叉)の波動と周波数で出来ること、、、、 これからもドンドン広がる予感がします。       by yolly